7月7日付
衰退するキマイラグループ
キマイラグループについての機密情報を、さらに公開するときが来ました。
ある人にとって、この情報には信じがたいような部分もあるかもしれません。
しかし、事実は小説よりも奇なりです。
このグループには、アンドロメダ銀河から来た闇の勢力のリーダーたちがいます。
彼らは25,000年前にヒューマノイド型の肉体を持って地球にやってきました。
そして地球を隔離状態にしました。
彼らは地球の周りにスカラー電磁フェンス(ベール)をめぐらせ、効果的にポジティブなETのコンタクトを妨げ、人類を孤立させてきました。
次に彼らは広大な地下都市のネットワークを、奴隷使いであるドラコニアンと奴隷であるレプタリアンを使いながら、築きました。
そしてそこから地上の住民を支配しました。
当時、彼らの主な本拠地はアフリカ、中国、チベットの地下にありました。20世紀初めまでは、彼らが直接地上の文明に関わることはありませんでした。その20世紀初めに、興味深いオカルトが発達しました。
まず1917年、光の勢力がドイツにツーレソサエティ(Thule society)を形成しました。
時をおかず、アルコン支配下のロスチャイルド工作員、
その名をアドルフ・シックルグルーバー(ヒトラー)が潜入しました。
ツーレソサエティは闇の手先になり、さらにブリル協会(Vril society)に姿を変え、秘密裏にドイツの宇宙プログラムを発達させていました。
http://www.bibliotecapleyades.net/sociopolitica/sociopol_vril08.htm
Thule Gesellschaft Thule Gesellschaft
の説明は次のとおりです。私は、社会についてのより詳細な情報を得る前に、あなたの情報の "公式版"から始めたいと思います。 もともとはドイツ語古代のためのスタディ・グループのドイツ研究アルテルタム研究会であったツレ・ソサエティ(ドイツ語:Thule-Gesellschaft)は、ミュンヘンのドイツのオカルト・ヴォルキス・グループ。
この協会は、主にドイチェ・アルベイター・パーテイを後援した組織として注目されています。ドイチェ・アルベイター・パーテイは、後にアドルフ・ヒットラーによってナチス党に改宗されました。
Thuleは1919年にVril Gesellschaftや
Black Sunの崇拝を信じていたDHvSSとの社会参加により、真の目的を見つけました。
64歳になると、アーリア人の起源は地球からのものではなく、アルファ・タウリのアルデバランからのものであると確信したのは、VrilとThule自身の霊魂マリアオルシックのチャネリングでした。
Vrilはまた、彼らの山の女神IsiasがAldebaranの女王であることをDHvSS(Men of the Black Stone)に確信させた。
Thule-Gesellschaftの主な焦点は、Aryanレースの起源に関する主張でした。
「Thule」(ギリシャ語:Θούλη)は、最も遠い北部のGreco-Roman地理学者が位置する土地であった。"Ultima Thule"(ラテン語:最も遠いThule)という言葉は、ローマの詩人Virgilによって叙事詩のAeneidにも言及されています。これは、ツーレの北部の部分であると考えられ、現在は一般的にスカンジナビアであると理解されています。
ナチスの神秘主義者が古代ハイパーボリアの首都と言い、極端な北部ではウルティマ・スレウを失われた古代陸地と認識しました。
これらのアイデアは、失われた大陸がかつて大西洋に存在し、それがスワスチカのモチーフの分布を参考にして支持されたアリア人種の本拠地であったというイグナティウス・L・ドネリーの以前の推測から得られた ものである。彼はプラトンのアトランティス、さらにヘレナブラヴァツキー、19の第二部の間にoccultistによって開発された理論でこれを識別番目の世紀。
Thule-GesellschaftはBlavatskyの信者であるTheosophistsと緊密な接触を維持しました。
ここで重要なのは、現代のThule Gesellschaftは1918年にRudolf von Sebottendorfによって形成(または改革)されたが、Freemasonryや他の多くの秘密結社と同様に、Order自体は歴史が古く、異なる名前で生き残ってきた同じ使命とアジェンダを持っていた。
1919年12月、Thule、Vril、DHvSSの人たちの小さなサークルが誕生しました。(Die Herren vom Schwarzen Steinブラックストーン)はベルヒテスガーデン(ドイツ)の近くに特別に賃貸されたフォスターのロッジで会った。
彼らはマリアオルシックの媒体とシグルーンとしてしか知られていない別の媒体を伴った。マリアは宇宙船を建設するための技術データを秘密のTemplarスクリプト(彼女には知られていない言語)で媒介的に伝達していました。
Vrilの文書によると、これらのテレパシーメッセージは星座の牡牛座で64光年離れた太陽系アルデバランから来たものです。
ここでは、Vrilメディアが何年にもわたって受け取った、Jan van Helsing作者が編集したVril-Gesellschaftによるすべてのさらなるアクションの基礎となるメッセージの簡単な要約を示します。これは残りのものを理解するための非常に重要な情報ですこれはサイエンスフィクションではありませんが、本当にThuleとVrilの内部コアで起こっていることです。私は、たとえあなたがこれの言葉を信じていなくても、それは無関係であることを読者に強調する必要があります。
彼らはそれを信じて、そのまわりに少なくとも2つの非常に複雑な秘密結社を作りました - そして、これらの社会は非常に強力で影響力があります:
太陽系アルデバランは、周りに太陽があり、帝国のSUMERANを形成する2つの居住している惑星を回っています。
Aldebaranシステムの人口は、 "軽い神々"(Aryans)と、 "God people"からの負の突然変異によって惑星の気候変動のために開発されたいくつかの他の人種のマスターレースに分かれています。
アルデバラン星系
これを見たキマイラグループは、地表の住民が星々に到達したり、ベールを突き破ったりするだけの技術的な発展を遂げたことを悟りました。
これを抑え込むために、地上の住民とのファーストコンタクトを、チベットへの旅の途上にあったカール・ハウスホーファーを通じて行いました。そのコンタクトの後、キマイラ支配下のハウスホーファーが、ナチスドイツの背後の主なオカルト勢力でした。
ナチスが第二次世界大戦で負けると、
彼ら(ナチスの科学者達)はペーパークリップ作戦により米国に移されました。
彼らはそこで軍産複合体の屋台骨を作りあげ、秘密の宇宙プログラムを継続して発展させ、地下深くに軍事基地を築き始めました。
財源は山下ゴールドです。背後でキマイラグループは、米国軍産複合体の動きを注意深く監視し、地球の隔離状態が確実に維持されるようにしていました。
ネガティブな軍部の核兵器保有量が大きくなることを、銀河連合勢力は大変憂慮していました。そこで彼らは、水素爆弾の核威力を最小限にする働きかけを、1954年のキャッスル作戦クーン実験のときに試みました。(訳注:キャッスル作戦の6回の実験のうち、クーン実験が不完全核爆発で失敗となっている。
1回目のブラボー実験で第五福竜丸が被爆)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Castle_Koon
銀河連合が爆弾の核威力を90%近く落とすことに成功すると、軍産複合体は「トールホワイト」を認識された脅威として恐れ、対抗するために一つにまとまりました。これこそがキマイラグループの望んでいたことでした。なぜなら彼らは、隔離状態を維持するという共通目的を持って作業を続ける、世界規模でまとまったネガティブ・ミリタリーを有することになったからです。非常に厳密な秘匿プロトコル(手順、実施要綱)が確立され、隔離状態を乱す「深い事件」については、一切情報が漏れることを許しませんでした。このため、あなたはET文明の存在を本当に証明するものを、どこにも見つけられないのです。そしてほとんどの「証拠」は、重要な点をわかりにくくするために、CIAがでっちあげたものです。このため、やはりあなたはインターネットで深い秘密情報を見つけられません。その代わりに、周知の事実の使い回しばかりです。あなたはもうすでにお気づきかもしれませんが、UFOについてのほとんどすべての機密情報と地下深くの軍事基地は、数十年前のものです。
あなたがキマイラグループに言及しているのを見いだせるのは、ジェームズ・コズボーのインタビューだけです。彼は高度な機密情報を公にした、非常に数少ない人たちの一人です。
ここに書いてあるすべてが正しいわけではありませんが、読むだけの価値があります。
http://educate-yourself.org/mc/casboltagent6chap.shtml
キマイラグループは黒い太陽を崇拝しています。それはギャラクティック・セントラルサンの彼らのシンボルです。彼らのリーダーは、いまだに一個のブラックストーンを持っています。それは重いトップ/アンチトップ・クォークの凝縮物の塊で、1996年にリゲルから地球に運ばれました。
ブラックストーンは、闇の初期宇宙異常の中心で、ストレンジレット爆弾よりもはるかに危険です。
トップクォークはストレンジクォークよりもずっと重いからです。
http://cerntruth.wordpress.com/2011/12/14/how-it-will-happen-earthquakes/
キマイラグループのリーダーたちは、電磁気のヌルゾーンの監視者です。
レジスタンスが最近になって掃討するまでは、キマイラグループには自分たちだけの地下基地ネットワークがありました。このような基地は、高速列車システムで結ばれていました。状況を明らかにしますと、最近まで三つの地下列車システムがありました。一つは地下深くのネガティブ・ミリタリーの軍事基地を繋ぐもの、一つはキマイラ基地を繋ぐもの、
そして一つはレジスタンスの基地を繋ぐものです。
レジスタンスの列車システムは、遡ること1977年に私が見たものです。
ネガティブ・ミリタリーの地下列車システムの存在は、このRAND文書を通して地上の住民にリークされました。
http://www.thelivingmoon.com/45jack_files/03files/The_Tubes.html
目下、レジスタンス唯一の地下列車システムはフル稼動しています。キマイラグループは、地上の軍事基地の地下部分の最上部、およそ100フィート(30メートル)よりも地表に近いところに、ほとんど封じ込まれている状態です。
現在彼らは以下を主要拠点として、地上を支配しています。
ボルゴ・サント・スピリト(ローマ)
アヴィアーノNATO基地(イタリア)
ある機密にされている場所(中央ヨーロッパ)
別の機密にされている場所(中央ヨーロッパ)
ラムシュタインNATO基地(ドイツ)
フェアフォード空軍基地(イギリス)
モントーク(ニューヨーク)
ライト-パターソン空軍基地(オハイオ)
サンディア/ロスアラモス(ニューメキシコ)
ホワイトサンズ/エリア6413(ユタ)
ネリス空軍基地/エリア51(ネバダ)
エドワーズ空軍基地(カリフォルニア)
上記のテリトリー内には、それぞれストレンジレット爆弾が配備されています。
ストレレンジレット爆弾は極めて危険なものであり、
ポジティブな軍隊がいまだにイベントへ動き出せない主な要因になっています。
http://cerntruth.wordpress.com/2010/03/29/open-letter-to-science/
モントークのそばの入り口/出口ポイントはコールド・スプリング・ハーバーです。
いくつかの未確認情報によれば、キマイラがトップカバールメンバーのクローンを製造する遺伝学研究所です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Cold_Spring_Harbor_Laboratory
http://alcuinbramerton.blogspot.com/2008/01/bilocation-of-hillary-clone-clinton.html
銀河連合勢力は、絶えずその施設を監視しています。そして状況が調ったとき、クローニングプログラムを終焉させます。
キマイラグループは、この10年間のうちに、中央銀行の手から世界の金融システムを乗っ取りました。PROMISソフトウェアと高速取引プログラムを用いてそうしました。レジスタンスとオーガニゼーション(その先駆け)は、だいぶ前からそのプログラムに気づいており、カバールのブラックファンドから約70兆ドルを吸い上げることができました。そのお金はリセット後、the collateral accounts(国際担保勘定?)を通して人類に返却されます。
キマイラグループが分離した文明に困惑することはないはずです。分離した文明はナチスのオカルト宇宙プログラムに端を発し、ブラックプロジェクトをたくさん抱えている軍産複合体へと成長しました。実はキマイラグループが、背後で分離した文明を推進させた勢力です。それを操りながら、地球惑星の隔離状態を維持するのに利用しているのです。キマイラグループと分離した文明の境界線は相境界と呼ばれています。それ以上のことは公表できません。そしてイベント/圧縮突破は相転移と呼べるかもしれません。
光の勢力はキマイラグループを打ち負かすためのプロトコルを開発しました。そしてそのプロトコルは実行されている最中です。
光の勝利は近い。
地球外生命体とナチス製UFO 秘密宇宙計画 ヴリル協会 マリアオルシックとアルデバラン星人 アルシオン・プレヤデス 54 BREXIT CIA NATO EU デービッド・アイク講演 警察の暴力
ニコラ・テスラ とマリア・オルシック
http://groundcrewjapan.blogspot.jp/2015/05/free-colonies-update-and-videos.html
かのブリル団体のマリヤ オルシックを通しての
テレパシーコンタクトによると、
かれらは宇宙船の作り方の手順を渡したそうです。
不運にも、ロスチャイルドのエージェント、アドルフ ヒトラーを通しイエズス会、後、
キメラのエージェント、カール ハウスホーファーを通してキメラにより直接 、ブリル団体は引き継がれました。ポジティブなブリル団体は、シリウス星団が起源と主張するハンガリー出身のポジティブなホワイト ノビリティ テンプラーであるエステルハージ家により経済的援助を受けていたことに興味を持ちます。光の勢力のブリル計画は短期間で失敗に終わったにも関わらず、長い目で見ると、今となってはキメラに打ち勝つことのできる十分な知識を人類は得ました。
カムラーの元、ナチスはグリーンランド、アルゼンチンと南極大陸に地下トンネル網と基地を建設しました。月、火星とアステロイドに植民地の数々を作ることにより領地を更に広げていきました。
ナチの覇権観念の高揚で、闇の艦隊(オリオン/ドラコ/レプティリアン 星間複合体)に挑めると愚かにも信じていました。1950年代中ごろの過酷な戦いの中、
全てのナチ宇宙植民地は、ドラコ/レプティリアン艦隊により太陽系から
完全に一掃されました。
NASA公認の宇宙計画を表に置き機密ソーラーワーデン計画と統合宇宙計画を同時に開発しました。機密ソーラーワーデン計画と統合宇宙計画は相互していますが、巧妙に区画に分けられています。
上部は、それらをアンホーリー・フォー
(キッシンジャー、ブッシュ、チェイニー、ラムズフェルド)によって導かれました。
https://www.youtube.com/watch?v=mqv-7cz_VVA
ナチス・ドイツ : UFO作戦 (ロシア/2006) [日本語字幕]
画像の出典
http://www.truthnova.com/the-secret-nazi-ufos/
地球外生命体とナチスの密約?
ナチス製UFO? 秘密宇宙計画
ナチスはレプティリアンから技術提供を受けUFOを製造した?
(アルデバラン星人とチャネリングしたマリアオルシックのUFO設計図
が元でないのか?)
ベルリンで発見されたヒトラーの死体は偽者
ヒトラーは南米に逃亡した。
NASAはナチスの科学者が作った。
CIAはアメリカに移民したナチス関係者が作った。
http://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941/e/427f5784b28fc7849c78756ce3bb3e5f
ナチスドイツは宇宙人の助けを借りて科学技術分野での優位性を獲得した
2007年5月25日 プラウダ英語版
アドルフ・ヒトラーや他のナチスの僧侶達は、異教徒の聖職者や占星術師の予言に関心を持っていた。しかし、第三帝国が宇宙人に関心を持っていたことはほとんど知られていない。西側のUFO研究家達は、ナチスの軍事・技術的機密の遺産の大部分が反ヒトラー連合諸国に掌握されたために、故意にこの問題が秘密にされてきたと考えている。
西側の歴史家やUFO研究家の主張の大部分は余りに空想的で、馬鹿げているようにさえ聞こえる。
ナチスの研究者達は核爆弾やその他の最新兵器の開発に成功し、全般に非常に高い技術水準を達成した。この成功は習慣的な宇宙人との接触の御陰だと考えられている。
ヒトラーが権力を手に入れる前には、国家社会主義者は伝説のアーリア人とシャンバラ族の起源を探し出す計画を進めていた。彼らは世界を支配するための秘密の素晴らしい知識を手に入れることを期待していた。チベットやヒマラヤへに秘密の探検隊が送り込まれた。1933年にナチスが権力を手に入れてからは、この様な探検の数は顕著に増加した。
この秘密計画は1935年から1939年の間に特に活発に行われた。そして、恐らく欧州での軍事行動が開始した後も探検は継続されただろう。しかし、この計画に関連する全ての書類はナチスドイツの降伏以前に破壊されたか、あるいは今もなお秘密の隠し場所に隠されているのだろう。
UFO研究家達は、ナチスの探検隊は難破したUFOと偶然出会ってその乗組員と接触したと何度か考えてきた。それはヒマラヤで起きた可能性が高い。または、ドイツ人達は地球外生命体の搭乗員を捕虜にしたか、又は宇宙人の基地に遭遇したのだろう。
しかしながら、研究者達の多くは、ドイツ人と難破したUFOの乗組員達の接触は互恵的なものであったと考えている。宇宙人達は宇宙船を修理するための材料を手に入れ、ナチスは新たな知識と技術を宇宙人達から手に入れた。それ故、ドイツの科学研究の多くは地球外文明から得た知識の御陰で達成されたと考えられている。
事実、第二次大戦の期間は傑出した学者がドイツを離れ、国立の技術学校も機能を停止していた。ドイツ国家の技術の置かれた状況を考えれば、ドイツが達成した科学技術の業績はほとんどありえない程のものだ。現代の技術の観点から見ても、巨大な科学的潜在力を有していた米ソ両国-基本的に戦争においてドイツの敵であった-をドイツははるかに凌駕していた。
ナチスが本当に宇宙人と接触したのかどうかは誰も確実なことは言えない。軍事技術や経済の専門家は、1930年代の終わりにドイツは僅か57の潜水艦だけを保有していたが、その後4年間の第二次大戦中に1163隻の近代的で技術的に優れた潜水艦を造船所で建造し、それを軍事行動に投入さえした。ドイツでは戦争遂行のための物資が不足していたこと、連合国による酷い爆撃が行われていたことを考えると、どうやってそれが可能になったのだろう?なぜドイツは地球外知性体の支援を得てもっと完璧な技術(訳者注:兵器のことか?)を作り出さなかったのかと不思議がる者もいるだろう。実際に、ドイツは短い製造期間を必要とする技術しか利用しなかったのだ。
ナチスは時速1000kmに達する世界初のジェット駆動の破壊者(訳者注:爆撃機のことか?)を製造し、それは反ヒトラー連合のあらゆる飛行機より優れていた。1945年初めから5月9日の降伏までの短い期間にドイツがどうやって2000機の新鋭戦闘機を製造しそれを戦場に投入したのかは謎である。
米国の戦争記録保管所や英国空軍公文書館には、ドイツ上空を飛行中に英国軍のヘルメットに似た形の多数の奇妙な飛行物体と遭遇した飛行士の報告書が膨大な数存在する。UFO発見家として知られる米国人のケネス・アーノルドは「空飛ぶ皿」の最初の発見者ではなかったのだ。米英の飛行士は第二次大戦中にこの現象を目撃した。これらの物体への発砲は全く損傷を与えられなかった!
1943年10月14日、英国空軍のR・ホルムズ少佐はシュワインフルト爆撃中に幾つかの「大きな光輝く円板」を目撃したと報告している。その物体は砲撃に反応しなかった。
ドイツ領域上空を1945年の冬に飛行中の米国空軍抑撃機の操縦士もまたUFOを目撃した。間もなくその奇妙な球体は決して出現しなくなった。
今日では、上記の出来事は第三帝国が秘密兵器を支配していた証拠だと考える者もいる。彼らはSchriever, Habermol, Miethe , Belluzzoといったドイツのデザイナーが1941年以後に空飛ぶ円盤に乗って働いていたとされることにも言及する。しかし、傑出した航空専門家はその見解を否定する。現在の技術を持ってしても、UFOのように難攻不落で速い飛行機を作るのは不可能だというのだ。実際、この専門家は全く正しい。しかし、彼らはドイツ人が宇宙人との接触後にその装置を作ることができたと言う事実を考慮していない。
85才のドイツ人であるRaul Streicherは2000年にシュピーゲル誌でセンセーショナルな発言を行った。ソ連のユーリ・ガガーリンではなくこの老人が世界最初の宇宙飛行士だというのだ!彼が最初に軌道に乗ったのは1945年だとも付け加えた。これは全くの寓話の様に思われたため、シュピーゲル誌はこの事件について特別調査を実行して第三帝国の機密書類を研究した。その結果、この老人は嘘をついていないことが証明された。
第二次大戦前、ドイツは人類に影響力を持つ兵器や方式を開発し改良する為に秘密の研究機関のネットワークを作り上げた。1938年には特別なロケット工学研究施設がSSの司令部のあるWewelsburghの近くに建設された。帝国の元帥であったゲーリングはpanzerfaustやPanzerknakke pocket grenade cup discharge、更にはFau-3ミサイル施設を含む種々のミサイルをデザインしたこの施設の責任者であった。ナチスは校舎に大きな期待を持っていた。というのも、この施設の一部であったA9/10巡航ミサイルは大陸間ミサイル(ヒトラーは1945年夏にニューヨークを破壊する計画だった)又は宇宙ロケットとして使用可能だったからだ。
1943年にミサイルの試験発射が行われたが、この発明は技術的に不完全であり18の内で16が発射時ないし空中で爆発した。翌年、研究所は40の改良されたミサイルを製造した。同時にヒトラーはドイツの第一人者の中から軍の宇宙飛行士を募集するように命じた。100から500人の飛行士から成る新しい飛行編隊が1944年の3月に結成された。Raul Streicherもまたその一員だった。
1944年の数回のロケット実験成功の後、宇宙飛行士の最終選抜が行われた。ヒトラーは自分の好む占星術を使って二人の候補者を選んだ。二人はMartin von Dulen とRaul Streicherであり、ヒトラーは明らかに後者に共感していた。
von Dulenの乗ったロケットは1945年2月18日に初めて発射されたが、不運にも発射3分後に爆発した。6日後にRaul Streicherの乗った別のロケットが発射に成功して、地球を廻る軌道に乗り、日本の水域に着水した。それ故、1945年2月24日が人類による宇宙探検の始まった日であるとStreicherは主張した。
ナチスは軍事作戦の敗北を自覚した時にWewelsburgの近くの小さな宇宙センターを爆破することを決定し、調査結果と秘密研究機関の研究者達をカルパチア山脈(訳者注:スロバキアからルーマニアにかけて伸びる山脈)の城に隠す事を計画した。研究施設の指導者は城の所有者であり、彼は研究を継続していつの日か復讐することを願っていた。しかし、連合国軍の破竹の進撃がこの計画をうち砕いた。米軍はこの研究施設の指導者(訳者注:v2ミサイルを開発し、戦後米国に移住してアポロ計画を推進したフォン・ブラウンかもしれない)を捕まえ、ソ連軍はこの施設によってデザインされたロケットの一部を手に入れた。後日、これらはソ連の宇宙技術の発展に利用された。
Streicherは知りすぎているために粛清せよという命令が存在した。Streicherは暫く東欧に隠れ、その後数年経過してから東ドイツに移住した。ユーリ・ガガーリンが1961年に初めて宇宙飛行を行った後、Streicherは宇宙の先駆者はソ連の宇宙飛行士ではなく自分であると主張した。しかし、彼はそれが真実であると証明することが出来なかった。
<終>
アルシオン・プレヤデス ビデオニュースNo.54:
Brexit特別版、デービッド・アイク講演 CIA EU NATOの実態
警察の暴力 ナチスのUFO極秘宇宙計画
https://www.youtube.com/watch?v=IoJ2bPf91Nc
http://nowcreation.jimdo.com/2015/07/03/%E3%83%AD%E3%83%96-%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC-%E5%BE%8C%E5%8D%8A/
〇ブリルの女たちは大戦後どこへ?
ロブ:面白い質問です。「第二次世界大戦後、マリア・オルシックをはじめとするブリルの女たちはどうなったのですか?
」トゥーレソサエティがナチスに乗っ取られたことを知らない人たちのために説明しましょう。
ブリルの女たちとは、サイキックでスピリチュアルな女性たちのグループで、ポジティブなETグループとコンタクトを取っていました。
彼女たちが得た情報は、ナチスに乗っ取られた形で、ナチスのテクノロジーに利用されました。
その後、ナチスはグレイやレプタリアンと独自にコンタクトするようになりました。
ブリルの女たちは、地球に高度なテクノロジーをもたらそうとしていました。そんなポジティブで無垢でスピリチュアルな彼女たちは、どうなりましたか?
コブラ:彼女たちはペーパークリップ作戦でアメリカに連れてこられました。彼女たちはカバールによって利用されました。彼女たちのスピリチュアルな才能は、第二次世界大戦後、かなり長期間、悪用され続けました。
ロブ:彼女たちは南米にいたのですか? ペーパークリップ作戦では南米からアメリカに連れてこられたのですか、それともドイツから直接来たのですか?
コブラ:彼女たちが取った正確なルートは知りませんが、ドイツからアメリカに来ました。
ロブ:そしてしばらくの間利用されていたのですね。今でも生きているのでしょうか?
コブラ:いいえ、もう亡くなっています。
〇結びに
ロブ:最後に何か伝えたいことはありますか?
コブラ:繰り返しになりますが、互いに攻撃し合わないでください。光に集中してください。光を保持してください。
光に集中し続けていてください。前向きに頑張り続けてください。なぜなら、私たちは最後のブレイクスルーを成し遂げなければならないからです。
(了)
http://nowcreation.jimdo.com/2014/09/25/%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF%E5%B1%B1/
あるとき、一般市民が『来たるべき種族』に取りつかれたようになった。1871年に匿名で書かれたのだが、多くの人たちが、著者はエドワード・ブルワー=リットンだと信じていた。もともとは「サイエンス・フィクション」と見なされていたが、後に大勢の読者が、地下の優れたマスター種族についての記述と、「ブリル」というエネルギー形態が、真実かつ正確なものであると信じるようになった。大勢の神智学徒たちが、その本を真実として受け入れると、本当に奇妙なことが起こった。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hc/a6fhc600.html
「ペーパークリップ作戦」の実態
~ ナチスの科学技術を没収したアメリカ ~
「ペーパークリップ作戦」とは、簡単に言ってしまえば、
優秀なナチスの頭脳をアメリカに運び出す作戦のことである。
この「ペーパークリップ作戦」の実態について詳しく触れたい。
第1章 ドイツ全土から科学的・技術的な
戦利品を奪い取った連合軍第2章 戦後、ソ連に拉致されたナチス科学者
(ソ連のロケット開発の舞台裏)第3章 「オーバーキャスト作戦」と
「ペーパークリップ作戦」第4章 「再審査」でナチス科学者の
戦時記録を洗浄第5章 大量のナチ戦犯を無罪放免にした
アメリカ人ジョン・マックロイ第6章 戦後アメリカに多大な“貢献”をした
元ナチスの科学者たち
おまけ 幻に終わった「ゼンガー計画」と
「ダイナソア計画」追加1 米軍、1946年にV2ロケットを
宇宙へ発射していた(映像を公開)追加2 動画(リンク集)追加3 英BBCが制作した
ドキュメンタリードラマの紹介↑読みたい「章」をクリックすればスライド移動します
■■■第1章:ドイツ全土から科学的・技術的な戦利品を奪い取った連合軍
●大戦中、ナチス・ドイツの科学技術力は圧倒的だった。当時、軍需大臣に昇進していたアルベルト・シュペーアは次のように書いている。
「1944年の段階では、ジェット戦闘機『Me262』だけが奇跡の兵器ではなかった。リモコンで飛ぶ爆弾、ジェット機よりも速いロケット弾、熱線により敵機に命中するロケット弾、ジグザグコースで逃げていく船の音を探知し追跡・命中させる魚雷を我々は持っていた。地対空ロケットの開発も終わっていた。リピッシュ博士は、無尾翼の原理によって設計された戦闘機を開発した。それは当時の飛行機製造の標準を遥かに超えたものであった」
世界初の実用ジェット戦闘機として実戦に投入された「Me262」
時速800キロ以上のスピードとその上昇能力によって、
当時のどんな飛行機より遥かに優れていた
●アメリカもイギリスも、通信とレーダーを除くほとんどすべての戦争関連技術においてドイツの技術が連合国のそれを上回っているという認識を持っていた。
武器技術におけるドイツ側の優越は、V2ロケットがイギリスに落とされるようになっていよいよ明らかになっていった。
イギリス人をどん底に叩き込んだV2ロケットは、約1トンの爆薬を弾頭につけ、マッハ4の超音速で飛び、自動制御装置で誘導されるミサイル兵器で、当時の世界にはこれに対する防御手段は全くなかった。
※ このV2の本来の名称は「A4」であったが、ナチの幹部は「A4」を勝手にV2と命名した。「V」はドイツ語の「報復兵器=Vergeltungswaffe」の頭文字である。
ナチス・ドイツが開発したV2ロケット(別名「A4」)
敗戦までに約6000発が生産され、3000発以上が実戦で発射された
●戦時中、天才ロケット工学者フォン・ブラウンらペーネミュンデの一党が、「A4(V2)」の実用化を経て最終的に到達したのが「A9/A10」の構想であった。
これは「A4」にほんの少し改造を施した上で(A9)、これをいっそう巨大な液燃ブースター・ロケット(A10)に載せた2段式とし、射程はなんと5000キロという当時としては法外な超長射程の誘導弾を実現しようというものであった。
左から「A4(V2)」、「A4b(A9)」、「A9/A10」(2段式)。
もし、「A9/A10」が完成していたら、ドイツからアメリカ
本土を直接攻撃することが可能であった。
●この重さ100トンの「A9/A10」(通称「ニューヨーカー」)は、その発想において世界初のICBM(大陸間弾道弾)構想と称することができる。またロケット弾の複数段化という発想も世界で初めてである。
このロケットは試作中、ドイツが降伏したので使われなかったが、もし実現していたらドイツからアメリカ本土を直接攻撃することが可能であった。
※ これとは別に、「A11」というさらに強力なエンジンで「A9」をより遠距離に飛ばすという3段ロケット「A9/A10/A11」構想もあったという。
また、「A4」が無人ロケットであったのに対し、「A9」は有人飛行を前提としたロケットであったという。
パイロット搭乗の「A9」の想像図
●このロケット開発と並行して「ゼンガー計画」というものがあった。
これはロケット推進による「宇宙空間爆撃機」の開発計画で、オーストリア生まれのロケット工学者オイゲン・ゼンガー博士が考案したものである。
この「宇宙空間爆撃機」は、全長3キロのモノレールを専用のロケット式加速装置を用いマッハ1.5まで加速し、そこから宇宙を目指す。そして大気圏外に出たのち、大気との摩擦を利用してスキップしながら飛行距離を伸ばし、途中でアメリカ本土に爆弾を投下し、ドイツ本国に帰還するという計画であった。
もちろんこの計画は構想のままで終わったが大戦後、この資料を入手した米ソ両国はこの計画に大変な興味を持ったと言われている。
※ ちなみに1988年に、ドイツ宇宙開発機関は「宇宙往還機」の研究を開始したが、ゼンガー博士の研究にちなみ、機体は「ゼンガー2」と呼ばれた。
(左)オイゲン・ゼンガー博士 (右)彼が考案した
ナチスの「宇宙空間爆撃機(宇宙往還機)」
↑宇宙空間爆撃機「ゼンガー」の発射法
全長28m、全幅15m、鋭い翼端を持つ直線翼に今日の
リフティング・ボディともいうべき形態を持つ機体は、全長3キロの
モノレール上を滑走し、一気にマッハ1.5まで加速して大気圏へ向け
発射される。機体は加速を増やすために使われる補助ロケット・
エンジンが取り付けられたカタパルトの上に載せられる。
パイロットが着ている宇宙服のようなものは、ナチスが
高高度飛行用に開発した気密服である
●戦争が長引くにつれて、そして最終的な勝利が確実視されるようになるにつれて、アメリカが次に立ち向かう競争相手はソ連となるという見方が当時一般化しつつあった。
そして、やがては西側諸国に対して使われると予測される戦利品をできるだけソ連側に渡さないようにする必要があった。
1945年3月頃、陸軍省の複数のセクションでドイツの科学者に関する詳細なリストが作成された。このようなリストには、ドイツのロケット計画の立役者、造船技術や冶金工業の進歩に貢献した人々が数多く含まれていた。
●最も緊急にドイツ人の協力を必要としたのはアメリカのロケット計画である。アメリカ陸軍の情報部G2は、V2ロケットの設計図が日本に流れているという情報をつかんでいた。1943年以来、アメリカ陸軍の軍需局でロケット部長を務めていたガーベイス・トリケル大佐は、ドイツの専門家を自分の計画に参加させる日に備えて準備を進めていた。
1945年5月、トリケル大佐は陸軍省次官のロバート・パターソンに対し、50人のロケット関連の科学者と技術者をドイツからアメリカに送りこみ、世間から隔離された施設に住まわせるという内容の詳細な計画案を提示した。この計画案は5月28日に承認された。
当時、イギリスでもアメリカとほぼ同じ目的のためにドイツ人を連れてくる計画を立てていた。アメリカ側がドイツのロケット分野の科学者に関心を示していたのに対し、イギリスが最も重視していたのは海運分野の専門家、とりわけ高度な技術で知られていたナチスの潜水艦(Uボート)計画の関係者だった。
●大戦末期、連合軍によってナチスのノルトハウゼン地下工場が占領されると、アメリカとソ連による科学者争奪戦の口火が切られた。冷戦の始まる一つのきっかけである。結果的にアメリカ側が獲得したノルトハウゼンの遺産は、ソ連側よりも多かった。途中まで組み立てられた何トンものロケット、約1200人のドイツ人ロケット専門家、技術資料……。技術資料だけ見ても、その価値は少なくとも4億ドルから5億ドルにのぼった。
もちろんアメリカはこれらのパテントやマイクロフィルムに一銭も支払う必要もなかった。
※ 戦後ドイツ人の多くが、これを史上最大のドロボー行為と呼んだという。
数多くの工作機械が並ぶナチスの地下工場
強制収容所の収容者を利用して、V2ロケットが
組み立てられていた。アメリカ軍はナチスが地下で
短期でロケット製作を成し遂げたことに驚愕した。
※ ミッテルヴェルケをはじめとするナチスの複雑な
巨大地下工場において、V2は生産数の実に93%、
そしてV1はその33%が生産されていた。戦争終結時
には「X」プログラムの名で、7つの地下工場建設計画が
あったが、後の調査によればこれらは極めて計画的な
もので、重複するような工場施設はなかったという。
(左)地下工場で製作されたV1 (右)同じく地下工場で製作された
He162ジェット戦闘機。大戦末、最優先生産機種となった機体である。
●ドイツ全土からかき集められた科学的・技術的な戦利品はさらにあった。
アメリカの確保したほんの一部だけ挙げても次のようになる。
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